大浦天主堂の都市伝説
大浦天主堂の正式名称は「日本二十六聖人殉教者天主堂」だそうです。

そこから 「大浦天主堂は二十六聖人が殉教した西坂に向かって建てられている」
との説が広まったようです。(ネットでも たくさん見られます)

しかし 実際には 大浦天主堂は 西坂よりもやや左方向を向いています
さらに加えて 大浦天主堂を設計した内のひとりである プチジャン神父は
当時 二十六聖人の殉教地(聖山)は 立山(茶臼山)付近だと考えていたそうです。

西坂の丘が殉教地だと言われだしたのは 昭和になってからで
さらに それが確定したのは 戦後になってからだそうです。

地図などで調べてみると 大浦天主堂が向いている先には
(山影で直接は見えませんが) 浦上天主堂があります。
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08年09月28日 グラバースカイロード3号橋から撮影   ○印が西坂付近
背後から見た「大浦天主堂」
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